戸野倉研究室での研究内容

我々は大気環境・安全安心・先端計測技術について物理化学,反応工学,分光学の立場から研究しています.

研究スケール図


自然起源からの温室効果気体量の推定

泥炭地や森林火災から発生する温室効果気体の量は、人為起源による量と匹敵していると考えられていますが、その詳細は不明です。泥炭地での現地調査や広域二酸化炭素観測に基づいた自然起源の温室効果ガスの発生量の推計手法の開発を行っています。

温室効果気体中の安定同位体計測

温室効果気体の安定同位体比を測定することにより、その発生源の特定や、大気中の物質循環を調べることが可能です。従来法では、現場でのリアルタイム測定が出来ない、分析サンプルの前処理が複雑である等の問題がありました。本研究室では、近赤外レーザーを基盤とした二酸化炭素中のリアルタイム安定同位体計測装置の開発に成功し、同装置を用いた二酸化炭素の環境動態解析を行っています。

自動車排出ガス計測

自動車から排出される微量気体成分の計測を下記に示した研究室で開発した装置を用いて交通安全環境研究所と共同で行っています。

中赤外量子カスケードレーザーを用いた大気中の窒素酸化物濃度測定装置の開発

大気中のNOやNO2といった窒素酸化物(NOx)は,ppbレベルの微量気体でありながら光化学スモッグや酸性雨など環境問題を引き起こす物質として注目されており,NOxの高感度大気濃度測定が求められています.
本研究では中赤外波長の量子カスケードレーザーを用いた吸収分光法による測定装置開発に取り組んでいます.物質中に光を通すと光の一部が吸収され,その吸収量は吸収物質の濃度および光路長に比例するという性質があります(Lambert-Beer則).よって,吸収された光の量を測定することで目的物質の濃度が分かり,また光路長を長くして吸収を大きくすることで装置の測定感度を上げることができます.小型の装置で長い光路を確保するため,セルの両端に高反射率ミラーを設置しセル内で光を往復させることにより光路長を稼ぎます.
Fig. 1に実験装置の概略図を示します.セル内に気体を流しながらレーザー光を通し,セルから出てきた光を検出します.セル内にNOxがある場合とない場合について検出光強度を測定すれば,NO/NO2による光の吸収量が分かります.
これまでに光路長数kmのキャビティーリングダウン分光法(CRDS法)による測定(写真:Fig. 2)を行い,ppbレベルでのNOxの検出に成功しました。シャーシダイナモメーターを用いた自動車排ガスの計測による装置の性能評価を行い、大気計測に応用します。

NOx計測装置模式図

Fig. 1 NOx計測装置図

CRDS法

Fig. 2 CRDS法を用いた計測装置

大気中揮発性有機化合物計測のための可搬型光イオン化飛行時間質量分析計の開発

対流圏大気中の揮発性有機化合物(VOCs)は浮遊粒子状物質や光化学オキシダントの生成に大きく関わっており,その組成や濃度を把握することは対流圏大気化学を理解する上で重要です.
そこで,本研究室では大気中のVOCsのリアルタイム計測を目的に,真空紫外-光子イオン化法と飛行時間質量分析法を組み合わせた可搬サイズの分析装置を開発しています.
「真空紫外-光子イオン化法」は,イオン化の過剰エネルギーを低く抑えるイオン化(ソフトイオン化)で,フラグメントイオンの生成を抑制できます.Nd:YAGレーザーの三倍波(355 nm)からのXeによる第三高調波発生法により得られる118 nm(10.5 eV)の真空紫外光をイオン化に利用しています.
「飛行時間質量分析法」は,イオンの透過率が高く,一回の測定で質量スペクトル全体を取得することができるという利点があります.また,リフレクター(静電ミラー)を利用して飛行距離を長くすることにより質量分解能の向上と省スペースを両立させています.本研究室で開発した装置(写真)は質量分解能800(m/z = 112)であり,VOCsの検出下限は数ppbv(5秒積算)を達成しています.

VUV-TOFMS模式図

VUV-TOFMS模式図

中赤外吸収分光法を用いたクリーギー中間体の検出及びその反応に関する研究

多重反射時のミラー上He-Neレーザースポット

He-Neレーザースポット

対流圏・成層圏におけるHOXサイクルはオゾンの生成・消失,揮発性有機化合物(VOC)の酸化反応などに関わり,大気中で重要な役割を果たします.そのため,HOXサイクルの反応機構解明は非常に重要な問題となっています.
本研究ではHO2を新たに中赤外吸収分光法を用いて検出し,その反応の解明を目指します.中赤外光はHO2の吸収が強いため,感度良く検出できることが期待されます.新規レーザー光源である量子井戸レーザーを用いたHO2の高感度検出が可能な新たな装置を開発しました.

装置全体図

装置全体図

化学反応実験より見積もったHO2-H2O錯体濃度

HO2-H2O錯体濃度の予測値

高感度分光計測法を用いた大気化学・燃焼化学機構の解明

近年、都心で漸増している光化学スモッグの原因の解明を化学反応の立場から研究している。都市大気環境の問題は、産業型の大気問題から都市型への問題へと移り変わっている。すなわち、我々が日常生活で使っている化学物質の大気への排出が原因であると考えられている。本研究室では、これらの問題を解決すべく、化学物質の大気放出に伴って起こる化学反応を反応速度論の立場から研究している。
自動車燃料には30-40%程度芳香族炭化水素が含有されている。芳香族炭化水素の大気酸化過程や燃焼反応過程についての研究を実験および理論の両面からのアプローチにより行っている。下図は、自動車燃料由来の芳香族炭化水素の酸化過程である。

芳香族炭化水素の酸化過程

芳香族炭化水素の酸化過程

  • 対流圏及び燃焼反応における炭化水素ラジカルの酸化反応機構の解明

煤の生成メカニズムの解明

煤生成メカニズム

煤生成メカニズム

 現在,内燃機関(エンジン)において火花点火機関より燃料消費率の低い(つまり,二酸化炭素排出量が低い)ディーゼル機関が着目されています.しかし,ディーゼル機関では不完全燃焼により発生する「煤」が大きな問題となっています.現状の煤排出量を抑制する方法としてはDPF(Diesel Particulate Filter)が用いられています.DPFは約90%の煤をトラップすることで排気ガスをクリーンにできますが,定期的にDPFを交換しなければいけないという欠点が存在します.
そこで,現在,ディーゼル機関内の燃焼を制御する事で煤生成量を抑制する手法が求められています.本研究では,煤生成量を左右するディーゼル機関内の燃焼現象を理解するために,3つの分析装置(TOF-MS,SMPS,ATOF-MS)を用いて煤を分析し,煤生成メカニズムの解明を行っております.

泥炭火災に関する研究

泥炭地は世界全体の全土壌に含まれる炭素の約1/3を貯留しているため、泥炭の安定性は気候変動に重要な影響を及ぼします。泥炭火災により粒子状物質や二酸化炭素、メタンなどが大量に排出され国際的な煙害を引き起こしています。泥炭火災は地表面から地中深くまで燃焼が進行し、消火が困難になることで長期化・広域化が生じます。近年では、アルカリ金属炭酸塩を主成分とした泥炭火災用の消火剤が開発され、水と混ぜて使用することで地中へ浸透促進、冷却、熱分解・燃焼反応抑止、酸素遮断によって消火が行われています。このような消火剤が泥炭火災排ガスに与える影響とそのメカニズムを理解するための研究を行っています。

物質安全に資する凝縮相反応機構解析

近年改めて熱危険性が懸念されている重合性物質をはじめとする反応性化学物質の取扱いを現象理解に基づいて安全化するために、実験および計算にて凝縮相反応解析を実施しています。凝縮相で熱分解、重合、酸化など大きなエネルギー放出を伴う化学反応に対し各種分析技術により生成化学種等を特定し危険性を評価しています。また、純理論的に凝縮相を模擬した量子化学計算や反応シミュレーションを実施し実験結果と照らし合わせて、現象を素反応レベルで理解し制御することを目指しています。